エネルギーという視点
― 氣・生命力・意識の正体
「エネルギー」という言葉は、便利である一方で、誤解されやすい言葉でもあります。
目に見えず、数値化しにくく、曖昧な印象を持たれがちです。
しかし本書で扱うエネルギーは、
信じるか信じないかの対象ではありません。
それは、**誰もが身体と意識を通して直接体験できる“状態変化”**です。
エネルギーとは何か
東洋思想では、生命を動かしている力を「氣」と呼んできました。
一方、西洋では、神経系やホルモン、筋肉の緊張といった
生理学的な言葉で同じ現象を説明してきました。
表現は異なっても、指しているものは共通しています。
- 呼吸が深くなる
- 身体が温かく感じられる
- 内側が広がる
- 意識が静かに澄んでいく
これらはすべて、
エネルギーが整い、循環している状態です。
氣は特別な能力ではない
多くの人が、氣やエネルギーを
「一部の特別な人だけが扱える力」だと思い込んでいます。
しかし実際には、
ほとんどの人がすでに感じ取っています。
ただし、
- 考えすぎ
- 緊張しすぎ
- 我慢しすぎ
といった習慣によって、
その感覚を無意識に遮断しているだけなのです。
丹田という中枢
東洋では、
エネルギーの中心を「丹田」と表現してきました。
丹田とは、特定の臓器ではありません。
それは、意識と身体が一致する重心点です。
丹田に意識が戻ると、
- 呼吸が自然に深くなり
- 思考が静まり
- 身体感覚が戻ってきます
これは偶然ではありません。
丹田に意識がある状態は、
神経系が安定し、
エネルギーが循環しやすい状態なのです。
エネルギーと神経系の関係
エネルギーが乱れている状態を、
西洋的に言えば「神経系が過緊張している状態」です。
- 常に頭で考えている
- 先のことが気になる
- 評価や不安が止まらない
この状態では、
エネルギーは上へ散り、
身体感覚は鈍くなります。
逆に、
- 呼吸が深い
- 今ここに意識がある
- 身体が緩んでいる
このとき、
エネルギーは自然に下がり、
循環を始めます。
性エネルギーも氣の一部である
性エネルギーは、
特別なエネルギーではありません。
それは、生命エネルギーが
最も強く、濃縮された形で表れている状態です。
だからこそ、
- 抑圧すれば歪み
- 乱用すれば枯渇し
- 循環させれば回復する
という特徴を持っています。
エネルギーは「起こすもの」ではない
ここで、非常に重要なことを一つ述べておきます。
エネルギーは、
起こそうとすると乱れます。
整えようとすると、整います。
これは、呼吸と同じです。
「深く吸おう」とすると不自然になり、
「邪魔しない」と自然に深くなる。
エネルギーも同様です。
第2章 まとめ
- エネルギーは生理的に体験できる状態である
- 氣と神経系は異なる言葉で同じ現象を指す
- 丹田は意識と身体の重心である
- 性エネルギーは生命エネルギーの一形態である
- エネルギーは起こすものではなく、整えるものである